「お〜星さ〜ま♪ き〜らきら〜♪」
「むっ?」
 床から起き上がり霧島家の食卓に向かう最中、歌を口ずさみながら廊下を歩く佳乃嬢の姿があった。
「何の歌を歌っておるのだ?」
 佳乃嬢の歌っている歌は何処かで聞いたような懐かしい歌でもあり、私は思わず何の歌か訊いてみた。
「何の歌って、七夕の歌だよぉ〜」
「七夕。言われて見みれば今日は……」
 言われてみて気が付いたが、今日は7月7日七夕である。年に一度牽牛と織姫が出会うというロマンテックな日であり、笹の葉に願い事を書いた短冊を飾ったりする年中行事である。案の定、佳乃嬢の手には短冊らしき物が握られていた。
「今年はどんな願いを書こうかなぁ〜。私も早く大佐のようなニュータイプになれますようにって書こうかな?」
 佳乃嬢には申し訳ないが、私のような者には神頼みしてもなれない気がする。私の力は母から受け継いだものであるし、真琴嬢の力はどうかは分からぬが、恐らく先天的なものだろう。そういうある”特殊な人間”にしか力は使えぬものであろう。
 もっとも、よりよく扱えるようになるには例え先天的な力を持っていたとしても、それ相応の鍛錬は必要であるが。
「う〜ん……。やっぱり毎年のように早くお父さんが帰って来ますようにって書こうっと」
「……」
 佳乃嬢の発言が気に掛かったが、私は言及はしなかった。今までの霧島女史の行動からも伺えるように、この家には親の姿が確認出来ない。両親とも死んだのであろうか、それとも先の佳乃嬢の発言から察するに、少なくとも父親は蒸発したのであろうか。
 いずれにせよあまり他人のプライバシーに踏み入るのは芳しくないので、その辺りの事情は詮索しないのが無難であろう。
「それにしても、今年は晴れるのだろうか……?」
 七夕の日を迎えるに辺り、いつも気になることがある。七夕は星に関する行事なのだから、その日は晴天で目映く星の大海が空を覆っていて当然な気がする。
 しかし、七夕の日に晴れたという話はあまり聞かない。これでは肝心の牽牛と織姫も邂逅出来ぬ気がする。そして何より、そんな曇り空の多い日に七夕のような星にまつわる伝説が生まれるものなのであろうか……?


第六話「僞りの七夕の日に」

「霧島女史、折り入って頼みがあるのだが」
 朝食後、私は女史にとある物を借りようと頼み込んだ。
「何だね? 飯の量を増やして欲しいとかなら却下だな。家には四人も満足に賄える余裕はない」
「いや、飯の話ではない。ある物を借りようと思ってな」
「ある物?」
「過日の『νガンダム』に出て来たサザビーと、もしあるのならばνガンダムのプラモデルを借りたいと思ってな」
 一瞬女史は首を傾げたが、直ぐに私の行動を理解するような態度を見せた。
「フフッ。君のことだ、例の法術に関連してだろう」
「まあな。このまま賄ってもらうばかりも悪いと思ってな。今日辺り稼ぎに出ようと思うのだ。それで従来の人形劇よりもインパクトのある芸をやろうと思ってな」
 実際の所、従来の人形劇で全く稼げなかったということはあったが、抱え切れない程の大金を稼いだというわけでもなかった。多少趣向を変えた程度でそれ程の大金を稼げるとは思っていないが、自身の法術の向上も含め、少しレベルの高い芸に挑戦しようと思った次第である。
「まあ、幸いνガンダムの1/144サイズのプラモデルはあるが、逆シャアだとそれ程知名度が高くないぞ? やはり知名度からいって私はファーストを勧める所だな」
「ファースト?」
「前にも言ったが、ガンダムシリーズの初代作品『機動戦士ガンダム』を以後の作品と区別して呼ぶ時の俗称だ。ガンダムシリーズは多数リリースされているとはいえ、知名度の点ではやはりファーストが一番だ。多く世に出回っているガンダム関係のゲームも、ファーストを扱った物が多い。その辺りにも知名度が反映されていると言えるからな」
「成程な」
 一番最初の作品が最も知名度が高い。そう言われて納得出来る点は多い。こういったシリーズ物は世の中に多く出回っているが、続編は所詮最初の物の二番煎じに過ぎない。続編の方が面白いという事も有り得ようが、大概は最初の作品の七光で世に出回っているようなものだろう。
「しかし、そのファーストなる物を今から見るのも骨が折れるな。知名度は捨て難いが、ここは既に見た作品の物で妥協しておくことにする」
「まあ、君がそれでいいというなら私は別に構わないが。しかし一ガンダムファンとしてはファーストには目を通して欲しいものだな」
「では今度暇な時にも見せてもらうとしよう。今日はとりあえずνガンダムとサザビーのプラモデルを借りるだけでいい」
 こうして私は女史からプラモデルを借り、資金調達の為に霧島家を後にした。



「フム、大分扱えるようになってきたな……」
 霧島家を出た後、とりあえず手頃な場所と遠野駅に来てみた。午前中とあって人はあまり見掛けなかったが、その分練習に専念することが出来た。
 今練習している芸は2体のプラモデルを単に戦わせるという極単純なものだ。また、原作におけるライフルの撃ち合いもその光線の元となるものがないので、白兵戦武器で斬り合う動作が主となる。
 しかしそれでも手を動かさずに2体のプラモデルを動かしているのだから、小さな子供などはそれだけで熱狂することだろう。
 最初の方はプラモデルを動かすだけでも大変だったが、要は手や足を動かすといった人間の一般動作をそのまま体現すれば良いだけだと認識出来た後は、それ程難しい動作ではなくなってきた。更には過日のビデオを頭の中に鮮明に映し出させ、2体のプラモデルに原作に近い動きをさせることが出来た。
「さて、次はあの動作に挑戦してみるか……」
 斬り合う動作に大分慣れて来た頃合を見て、次にプラモデルを動かしながら、ファンネルを発射する動作を試みる事にした。
「行けっ! ファンネル!!」
 νガンダムがサザビーに斬り掛かろうとした瞬間、サザビーを後退させ、そしてνガンダムに向けてファンネルを射出した。射出されたファンネルはそれぞれが不規則な動きを見せ、νガンダムのボディにコツコツと当たった。
「ふ〜、今はこの程度が限界だな。これで次はファンネルを回避したり斬り払ったりする動作が出来るようになれば良いのだが……」
 一休みしようと思い、私はその場に臥した。今日は朝から時折太陽が顔を見せる、快晴と曇の中間のような天気だった。真夏に比べれば大した気温ではなかったが、梅雨特有の湿度の高い気候により、法術を使っていると自然と身体から汗が流れ落ちた。
 正直いって、この湿気高い時に汗ばんだ服を着たままなのは気分の良いものではない。気休めに何か飲み物でも買って飲みたい所だが、生憎ジュース一本買う金させ手元にはなかった。
「仕方ない、妥協して水で我慢するか」
 いずれにせよ身体が水分を要求している状態でもあったので、私は身体を起こし水道を探した。
「おっ、あるな」
 幸い水道はすぐに見つかり、私はめい一杯身体に水を注ぎ込んだ。
「ふ〜。たかが水、されど水……。こういった時は水と言えども格別のものに感じるな」
 身体が水分を要求している時は、水と言えども最上の飲み物だろう。もっとも、辺りに自動販売機が乱立し豊富な水資源がある日本などとは違い、乾燥地帯などでは水も充分最上の飲み物であろうが。
「さて、そろそろ再開するか」
 水を飲み多少は気分を向上させ、私は練習を再開した。



「どう? 少しは稼げた」
 小腹が空いてきた頃、私の前に真琴嬢が現れた。恐らく昼食を知らせに来たのだろう。
「いや。平日の午前だからな、それ程稼げるとは最初から思っておらんよ。もっともその時間を利用し法術を高めていたがな」
「勉強熱心ね。それよりも聖さんがお昼を用意してくれたわ。さ、博物館に行きましょ」
 女史が昼食を用意してくれたとの事で、私は真琴嬢と並び歩く格好で博物館に向かった。
「ふ〜、それにしても相変わらず蒸すわね〜」
 湿気めいた暑さを和らげる為に、真琴嬢がTシャツをパタパタと扇ぎ出した。その動作に、私の視線は本能的に真琴嬢の胸元に集中した。
(しかし恥ずかしくないものなのだろうか……?)
 真琴嬢は相変わらずブラを付けていないようで、汗ばんだTシャツの最も膨らみのある部分から胸の先端が垣間見えていた。
「あたっ!」
「ぬはっ!」
 突然真琴嬢に急所を蹴られ、私はその場に仰け反った。
「油断大敵〜油断大敵〜」
 悶え苦しんでいる私を見る真琴嬢の声は嬉しそうな声調で、確実に私を嘲笑っていた。
「若いわね〜。私程度の体でもっこりさせちゃうなんて」
「くっ……。世俗から離れた生活を続けていた故、女にはあまり慣れておらぬのだ。それよりも、お前こそ羞恥心というものはないのか!」
「あら、残念ながらわたしも世俗から離れたような生活を続けてたから、羞恥心なんてものは持ち合わせていないわよ。心の中を覗かれるならともかく、人間以外の生き物なんて殆ど裸でしょ?
 ホントは服なんて着ないで裸でいたい所だけど、服を着てた方が汗の吸収率がいいっていうし、何より裸だと法律に触れるって話だしね。
 もっとも、ブラは付けてなくても法律には触れないだろうから、あんな胸が締め付けられる物は付けていないけどね」
 なかなか面白い事を言うものだと思った。そもそも女性が己の体を世に晒すのは恥ずかしいという一般常識は誰が決めたものなのだろうか? それが一般常識としてまかり通ってるのは後天的に「女性が肌を晒すのは恥ずかしい行為だ」という知識を、皆何らかの形で植え付けられているからなのだろう。
 しかし、もしそのような一般常識を植え付けられぬまま成長したとすれば、確かに羞恥心がないというのも頷ける。もっとも、そのような羞恥心のない女性などは、性欲の高い男からは格好の的だろう。
「聖さ〜ん、連れて来たわよ〜」
「おっ、連れて来たな。ちょうどこちらも準備が整った所だ」
 真琴嬢に連れられ、私は博物館の裏手側に案内された。そこには霧島女史がおり、その後ろには何やら細長い竹細工のような物が見えた。
「なんだこれは?」
「なんだ、こんなのも分からないのか。これは流し素麺の流し台だ」
「流し素麺?」
 言われてみれば確かにそのような物に見える。しかし生まれてこの方流し素麺など食した経験がない為、やたらと新鮮なものに見えた。
「しかし何故流し素麺なのだ?」
「いや、七夕の日に五色の素麺を食べるという行事があるというのを聞いた事があってね。日付上では一応今日は七夕だから、それに習った趣のある昼食にしようと思ってな。もっとも、私もその行事を人伝いで聞いた程度だし、五色の素麺といってもそう簡単に用意は出来ない。
 かといって普通に食するのも興がない。そんな訳で趣を凝らして流し素麺にしたのだ」
 多少気に掛かる言葉があったが、その日の行事に合わせた食事を考える辺りは、如何にも女史らしいと思った。しかし、流し素麺の流し台を用意するのも大変な気がする。
「よし、流すぞ」
 女史から箸と汁の入ったお椀が渡され、女史の手により素麺が流された。
「来たな。では早速貰い受け……」
「ひょい、ぱくっ」
「何だと!?」
 目の前に流れて来た素麺を取ろうと思ったなら、直前に私の対面に立っている真琴嬢に取られた。
「う〜ん、冷えてて美味しいわね」
「ちいっ、私が取ろうとしてたのを!」
 ちなみに私と真琴嬢は流し台を挟んだ対面に位置し、二人の立っている場所に上下の差はない。よって今のは単純に私が取るのを負けたのである。もっとも、高低差を敗因の理由に出来ないだけに、悔しさは余計増すものである。
「あはは〜、残念でした〜。ま、次頑張ることね」
「くっ、女狐如きにそう何度も取られてなるものか!」
 私を挑発する真琴嬢の言に、次こそは必ず先に取ってみせると心に誓った。
「もらった!」
「甘い!」
「やらせん!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ〜!!」
「ちぃぃっ……!」
 再三勝負を挑むものも悉く敗れ、真琴嬢が満腹感を感じるようになるまでは殆ど有り付けなかった。
「満たされんな……。何としてでも金銭を得なければ」
 昼食後、私は満たされない腹を満たすことを誓い、再び遠野駅へと赴いた。



「ならば今すぐ人類全てをニュータイプにしてみろ! 貴様を倒してからそうさせてもらう! ……と、こんなもんで良いだろうか?」
「はい!」
 4時を回った辺りから徐々に人の往来が増し、何人かは私の芸に興味を誘われ、立ち止まって見て行く者もいた。
 ちなみについ先程私の前に立ち止まったのは自称ガンダムマニアの学生で、作中のシーンを台詞を交えて再現してくれと頼まれた。正直台詞はうる覚えだったが、覚えている限り期待に答えようと努めた。
「さて、すまぬが一応商売なのでな。二束三文で構わぬからくれぬであろうか?」
「そうですね……。では……」
 そう言ってその学生は鞄の中から財布を取り出し、私に1,000円札を手渡した。
「こんなに貰って良いのか?」
 私にとってはそこそこの大金であったので、多少遠慮する態度を取った。
「ええ、こんないい物を見せてもらったんですから。ではありがとうございました」
 そうぺこりと頭を下げ、その学生は私の前から立ち去った。
「さて、2、3,000円は稼いだし、そろそろ引き上げるとしよう」
「ぱちぱちぱちぱち……」
「ん……?」
 駅前から立ち去ろうとすると、何処からか手を叩く音が聞えて来た。
「お見事です……」
「むっ、君は確か…」
 拍手のする方向を見ると、そこには過日出会った黒髪の少女がいた。
「奇遇だな。このような所で出会うとは」
「ええ……。これもニュータイプ同士の共鳴というものです」
「はっ?」
 その独特な物言いに私は多少唖然とした。何と言うか、この少女も所謂ガンダムマニアというものなのだろうか……?
「時に、私の芸を見たのなら二束三文で構わぬから金銭を戴きたいものだな」
「そうですか。では……」
 がさごそ、がさごそ……
 黒髪の少女は鞄の中を調べ出し、何やら封筒のような物を取り出した。
「閲覧費と邂逅を記念してお米券を進呈です……」
「お米券……」
 残念ながら封筒の中身は札束ではなかったようだが、しかし米と交換出来る券ならば、少なくとも1,000円近くの価値はあるだろう。
「しかし、七夕だというのに相変わらず曇り空だな……」
 宵闇が迫った空を見上げると、雲が空一帯を支配していた。この感じでは今年の七夕も曇り空で星を見ることは叶わぬであろう。
「無理もありません……。今日は本当の七夕ではないのですから」
「何!?」
 黒髪の少女の意外な一言に私は驚いた。今日が本当の七夕ではないとは、一体どういう意味なのだろう。
「元々、七夕は旧暦の7月7日に行われる行事ですから……。それを新暦に直した太陽暦における7月7日は梅雨の時期ですから、星が見えなくても不思議ではありません」
「旧暦……。成程、そういうことだったのか……」
 長年の謎がようやく解けた。何故星に関する行事の日なのに晴れないのか、それは単純な理由だった。七夕というのは元来は旧暦の行事、それを新暦に直したのだから違いが出てくるのは寧ろ当然と言えるだろう。
「しかし、中々博識な者だな。若いのに感心なものだ」
「いえ、そんな……」
 黒髪の少女はそう謙遜するも、何処か嬉恥ずかしそうだった。
「そういえば過日、貴方に言われた言葉の意味がようやく理解出来たな」
 私は自分がこの遠野に訪れる前の花巻で、この黒髪の少女から語られた言葉の意味が理解出来た事を話した。この街が私の期待していた遠野と違うものだったことを。
「理解していただけましたか……。人々の生活文化というのは絶えず変化して行くものです。生活環境や文明の向上による生活文化の変遷は、この民話の里と謳われる遠野とて例外ではありません。ただ……」
「ただ?」
「ただ、淀みに浮かぶ泡沫は絶えず変化するものですが、その淀みを形成している本質が水であることに変わりはありません。同じように、人々の本質というのは、どんなに生活文化が変わろうとも変わらないものの筈です……」
「変わらぬものか」
 実際の所どうなのだろうと、思考してみた。例えば今の日本人のあり方はどうか。敗戦のショックとその後のGHQの占領政策によって、戦前と戦後では大分変わった。
 しかし、国家社会主義が民主主義に変わりはしたが、その変遷は思想における表面上のものでしかない。官僚腐敗や、出る釘は叩くなどの村社会的な不健全な平等主義は、昔から変わっていないと言える。
 言われてみれば、淀みに当たる部分は変わり、その本質の水に当たる部分は変わっていない気がする。
 そして、私が母から伝え聞いた翼を持った人も、伝承が始まった時から変わらず、この大気と大地の狭間の何処かにいるのだろうか……。
「さて、そろそろ私は帰るとするか。ではまた機会があれば何処かで会うとしよう」
「ええ……」
 黒髪の少女に別れの挨拶をし、私は遠野駅から博物館に戻る帰路へと着いた。



「丁度いい所に戻って来たな。これから佳乃を迎えに行きながら家に戻る所だ」
 博物館に戻ると、帰り支度を整えた霧島女史が出迎えてくれた。これから帰る所ということなので、そのまま女史の行動に従った。
「そう言えば、昼食時に女史の言っていた言葉の意味がようやく理解出来たな」
 私は移動中の車中で、駅で出会った黒髪の少女に七夕に関して色々と学び得た事を話し始めた。
「フム、その通りだ。元々の七夕は陰暦の7月7日に行われる行事で、現在のはただ太陽暦に合わせたに過ぎない。もっとも、春分の日や秋分の日のように太陽との位置関係を元とした行事ではなく、7月7日という日付を元にした行事だ。
 だから新暦の7月7日でも同じ日の旧暦に行われた行事が行われる。まあ、行われるといっても一般家庭や学校が殆どで、仙台の七夕祭や青森のねぶたに代表される本格的な七夕祭は、旧暦を元にして行われている」
「成程」
「ところで、何故『七夕』と書いて『たなばた』と読めるのかは分かるか?」
「むっ、それは……」
 確かに純粋に読もうとすると、どう読んでもも「七夕」と書いて「たなばた」とは読めない。日常的に特に疑問に思わず使っていた為、いざ訊ねられると答えられるものではなかった。
「まあ、分からなくても別に恥じる事ではない。用は簡単なことだ。つまりは中国から漢字で書かれる『七夕』という行事が伝来して来る前に、既に『たなばた』という行事があったという事だ。それが何らかの形で日本の『たなばた』と中国の『七夕』が結び付き、『七夕』と書いて『たなばた』と読むようになったのだ」
「理解出来たようで理解出来んな……」
「少し専門的な話をすれば、中国の五節句の一つである『七夕』と、日本の盆の前夜祭的禊行事である『たなばた』が何らかの形で結び付き、現在の七夕になったという事だ」
「まあ、一応理解出来たという事にしておこう」
 しかし、この七夕のように日常何気無く使っている行事や言葉の中にも、よく意味が分からず使っているものが色々あるのだろう。そういえば、私自身自分の法術が何故”法術”と呼ばれるのか考えてみたことがなかった。分かっているのはせいぜい代々伝承されてきた力であるということくらいである。
「しかし、君の話に出て来た黒髪の女性、今時の若者にしては博識だな……」
「ああ、それは私も同感だ」
「ねえ、その人珍しいデザインの制服を着てたでしょ?」
「むっ? ああ」
 霧島女史の言葉に頷いていた私に真琴嬢が問い掛けて来て、私は真琴嬢の問いに頷いた。確かにあの制服はまず見掛けないデザインの制服であった。
「やっぱり。その人美凪みなぎさんね」
「成程、彼女か。それならばそれなりに博識なのも頷ける」
「双方とも知人なのか?」
 二人の会話を聞いている限りでは知人と見て間違いないだろう。それにしても、かの少女がこの二人の知人だというのは、何とも世間が狭い気がする。
「ええ。美凪さんは兄様の後輩だから。この遠野から兄様の通っていた高校まで通ってるのよ」
「私の方は彼女の父と私の父が友達同士の仲でな。幼い時から何かと付き合いが多かった」
「成程。時に霧島女史、その美凪嬢が博識だというのは、女史の影響とかそんなものなのか?」
 女史の知人ならば、美凪嬢の知識は女史に由来するのではないかと思い、その辺りを訊ねてみた。
「いや、私の影響もあるかもしれないが、彼女自身の父親の影響もあるだろう。彼女の父親は防衛大卒のエリート将官で、それだけに色々と博識な人だった。もっとも、知識量においては私の父も負けていなかったが」
「成程。しかし防衛大卒ならばそれなりに階級も高いのであろう」
「ああ。階級は確か一等海佐で、護衛艦『きりしま』の艦長を務めている筈だ。もっとも、海佐の地位に就けたのは長年海上勤務を続けた事もあり、地元には殆ど帰って来ないな。私自身、ここ数年は面識がない」
「成程」
 霧島女史の話を聞いている内に、女史と美凪嬢の共通点みたいなのに気付いた。女史の方は詳しく聞いていないが、双方の父親とも家庭から離れた場所にいるのだろう。
「父親か……」
 未だ雲が辺りを覆っている空を車中から眺め、私は自分の父に想いを馳せた。私は自分の父をよく知らない。分かっているのは国崎くにさきという姓だけで、名も顔も知らない。生前母親も父の話はあまりせず、私にとっての親とは母親のみであった。
 この大地の何処かで顔も名前も知らぬ父は、私と同じようにこの空を眺めているのだろうか。それとも……。


…第六話完

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